セントラルドグマとは、遺伝情報がDNA→RNA→タンパク質という経路で、DNAがRNAをコードし、RNAがタンパク質に翻訳されるという考えのことです。
遺伝情報は基本的にこの順番で受け渡しされるので、DNA → タンパク質やタンパク質 → DNAという順番で受け渡しはされません。絶対にDNA→RNA→タンパク質という経路で受け渡しされる、というのがセントラルドグマの考えです。
では、セントラルドグマについて詳しく見ていきましょう!
「ドグマ」とは何か
「セントラルドグマ」とは聞き慣れない言葉ですよね。はじめてこの言葉を聞いたときは、だれでも「なんだそれは」と困惑する人が多いのではないでしょうか。
セントラル(central)は、カタカナ語としても聞かれる「中心的な」「中央の」という意味のある英語です。
ドグマ(dogma)も英語で、こちらは「教理」を意味します。教理とは、宗教での「教え」のことです。
地動説を提唱したガリレオが火あぶりにされかかったり、進化論を提唱したダーウィンが誹謗中傷を浴びたり、と科学と宗教は17世紀以降、壮絶な戦いを繰り広げてきました。なので、科学では宗教用語を用いないのが普通です。
しかし、セントラルドグマという言葉を提唱したのはフランシス・クリックというとても有名な生物学者です。クリック二重らせん構造を発見し、ノーベル賞を受賞した人です。
「ドグマ」という言葉を奇妙だと思った生物学史の研究者が、なぜ宗教的な言葉を用いたかと聞いたところ、クリックは以下のように答えたらしいです。
ドグマが何を意味するか知らなかっただけだ。「セントラル仮説」と呼ぶこともできた。ドグマは単なるキャッチフレーズだった。
I just didn’t know what dogma meant. And I could just as well have called it the “Central Hypothesis” . . . Dogma was just a catch phrase.
『ゲノムが語る人類全史(A Brief History of Everyone Who Ever Lived)』アダム・ラザフォード(著), 文藝春秋, 2017を参考に著者訳
クリックは聞こえのよいキャッチフレーズとして「セントラルドグマ」という言葉を使っただけで、特に深い意味はなかったようです。
RNAがタンパク質をコードしている
セントラルドグマで重要なのは、タンパク質の情報を直接コードしているのはDNAではないということです。
タンパク質をコードしているのはRNAで、RNAが中間分子としてはたらくことによって遺伝情報がタンパク質に変換されるのです。このことは「翻訳」といいます。詳しくは以下で説明します。
RNAはDNAによく似た物質ですが、DNAとは異なります。コロナウイルスがRNAウイルスであることで、RNAが一躍有名になりましたね。RNAはDNAと比べると不安定なのですが、RNAにはRNAにしかない特性があります。
RNAはタンパク質の合成の他にも、酵素になるものや、ウイルスの場合は遺伝情報を担う役割も持っています。RNAは不安定だからこそ、多様な種類や機能をもつともいえます。
タンパク質の合成に必要なRNAは3種類です。では、3つのRNAについて詳しく見ていきましょう。
転写と翻訳
では、実際にどのようにセントラルドグマが機能するかを説明していきます。
転写 (transcription)
転写は、セントラルドグマのDNA→RNA→タンパク質という遺伝情報が受け渡しされる経路のうちの、「DNA→RNA」の過程のことです。
上の図は、DNAにのっている遺伝情報がRNAに書き写される(転写される)の様子の図です。以下の順序で転写が行われます。
① RNAに書き写される部分のDNAの二重らせんの鎖がほどかれる。
② DNA鎖の片方が鋳型となり、対応する塩基をもつRNAヌクレオチドが結合していく。
③ 一本鎖のRNA分子(転写産物/transcript)ができる。
RNAの塩基はチミン(T)ではなくウラシル(U)
DNAの合成で相補的塩基対となるのは、アデニンとチミン、グアニンとシトシンの組み合わせ、つまり「A – T」「G – C」でした。
しかし、RNAにおいては、チミンの代わりにウラシルが使われます。なので、「A – T」ではなく、「A – U」が相補的塩基対となります。
転写でつくられるRNAの種類
転写ではタンパク質合成に関係する以下の3種類のRNAがつくられます。
RNAにも方向性がある【大学生レベル】
DNAには糖の炭素の位置によって定められる方向性がありましたが、これはRNAにもあります。DNA同様、5’末端→3’末端の方向にRNAは転写されていきます。
また、転写の開始や終了を指定するヌクレオチド配列があるのもDNAと同じです。
翻訳 (translation)
翻訳はセントラルドグマの「RNA→タンパク質」という部分の過程です。
この翻訳を理解するためには、タンパク質の構造を理解しておかなければなりません。
タンパク質はアミノ酸の連なり
タンパク質はアミノ酸が連なってできます。
タンパク質の構造は、上の図のように「一次構造」「二次構造」「三次構造」「四次構造」に分けられます。このときの、「一次」「二次」というのは、一次元、二次元…ということではなく、「一次試験」「二次試験」というときのような第一、第二…という意味です。
タンパク質の一番最初の構造である一次構造は、アミノ酸が並んでいる状態です。上の図の「一次構造」において、ビーズのように並んでいるのがアミノ酸です。このようにたくさんのアミノ酸が連なったものは「ポリペプチド」と呼ばれます。
ポリペプチドが、二次構造、三次構造…と進むにつれ、分子同士が結合したりアミノ酸の鎖が折りたたまれたりして、最終的に「タンパク質」となります。
翻訳で必要な3種類のRNA
翻訳には、転写のときにつくられた3種類のRNAが必要です。これら3つのRNAが、リボソームという細胞小器官で共同作業を行うことで、遺伝情報がポリペプチド鎖になります。
高校生物ではrRNAは出てこないことが多いと思いますので、高校生は「そんなものがあるんだな」くらいに思って読み飛ばしてください。
メッセンジャーRNA (messenger RNA / mRNA)
メッセンジャーRNAは、DNAから遺伝情報を運び、タンパク質の合成をする際の鋳型となります。
DNAの98%はタンパク質をコードしない「ジャンクDNA」と呼ばれるものなのですが、mRNAはアミノ酸をコードする領域が多くなっています。1
例えば、フェニルアラニン水酸化酵素のmRNAは2400のヌクレオチドが連なっていますが、これは452のアミノ酸をコードしています。これは、mRNAの50%以上がアミノ酸をコードしているということです。2
トランスファーRNA (transfer RNA / tRNA)
トランスファーRNAは、特定のアミノ酸と結びついて、それを運搬(トランスファー)するRNAです。
リボソームRNA (ribosome RNA / rRNA)
リボソームRNAはタンパク質合成が行われる「場所」となる細胞小器官・リボソームを形作る分子のひとつです。
翻訳の流れ
上記の3つのRNAの共同作業によりリボソームで翻訳が行われます。
ポリペプチドの情報をコードしているのはmRNAです。しかし、mRNA自身はどっしりと構えているだけで、実際に翻訳の作業をするのはtRNAです。
tRNAとアンチコドン
mRNAの塩基とtRNAの塩基が相補的になることによって、アミノ酸が並んでいきます。
mRNAの塩基3つを1セットとしてコドンと呼びますが、tRNAのもつ塩基3つはそれとは反する(アンチ)ものとなっています。そのためtRNAがもつ3つの塩基は「アンチコドン」と呼ばれます。
アミノ酸は20種類しかありませんが、tRNAは40種類以上もあります。これは、異なるアンチコドンをもつ複数のtRNAが同じアミノ酸に結合するからです。
例えば、「UCU」「UCC」「UCA」「UCG」「AGU」「AGC」の塩基をもつtRNAはすべてセリンというアミノ酸と結合します。
そして、「UCU」というtRNAは、mRNAの「AGA」という部分と相補的となり、その部分にセリンが配置されます。
mRNAに沿って動くリボソーム
翻訳が行われる場所はリボソームです。リボソームはmRNAと結合し、3ヌクレオチド(1コドン)ずつ動いていきます。
リボソームがある場所のmRNAのコドンに対応するtRNAがリボソームに結合し、もっていたアミノ酸をポリペプチド鎖に加えると、リボソームはtRNAを追い払います。
このように、tRNAがやってきてアミノ酸付け加え、去っていく、という行程が繰り返されることによってポリペプチド鎖が伸びていきます。
このリボソームでの翻訳作業は「終止」をしていするコドンが現れるとストップします。そして、ポリペプチド鎖がリボソームから離れるのです。
追記・参考文献
- 余談ですが、ジャンクDNAの「ジャンク」は「ガラクタ」という意味です。これは日本人の遺伝学者の大野乾が造語したものです。
ジャンクDNAは主にDNAの塩基が「ATATATATATATA…」というふうに、繰り返されています。
最近の研究で、ジャンクDNAの部分にも機能があり、「ガラクタ」ではないことがわかってきていますが、大野がこのようにタンパク質の非コード領域をたとえたのは、遺伝子の専門家以外の注目を引くという意図があったようです。
クリックの「セントラルドグマ」という言葉のチョイスにもいえることですが、いかに言葉巧みに人の注目を集められるかということも、著名な生物学者になるために必要な能力のひとつなのかもしれません。
ちなみに大野は、実在のDNAの塩基配列を音に置き換えて、音楽をつくったりもしています。しかし、あまりいい音楽ではないらしいです。『ゲノムが語る人類全史』アダム・ラザフォード(著), 文藝春秋, 2017
- 『エッセンシャル 遺伝学・ゲノム科学(原著第7版)』Daniel L. Hartl (著), 化学同人, 2021